十年前、夫は私の姉と駆け落ちした。あの日のことは、今でも鮮明に思い出せる。結婚してまだ一年も経っていない春先、夫は一通の置き手紙だけを残し、姿を消した。電話は繋がらず、職場にも来ていないと言われ、私は何日も眠れなかった。やがて「姉もいない」と実家から連絡が入り、すべてが繋がった。——夫は、姉を連れて逃げたのだ。
家族は崩れた。
両親は世間体を守ろうとし、親戚は噂を面白がり、私は「かわいそうな妹」として哀れまれた。しかし、涙が尽きた頃、私の心に残ったのは決意だった。私は二度と、誰かの身勝手の犠牲にならない。そう誓って生き直した。
それから十年。夫からの連絡は一度もなく、戸籍上の夫婦関係だけが、紙の上で不気味に残り続けた。私は弁護士に相談し、失踪宣告や離婚調停の可能性も調べたが、相手の所在が不明では手続きは複雑だった。だから私は、静かに準備を続けた。いざという時に、私が不利にならないように。
その「いざという時」は、突然やって来た。
ある秋の日、実家の玄関に一台の車が停まった。窓越しに見えた横顔に、私は息をのんだ。
十年ぶりに見る夫。髪は少し薄くなり、頬には疲れが刻まれていたが、目だけは変わらない。自分が正しいと信じて疑わない、あの目だ。
さらに驚いたのは、夫の隣に姉がいなかったことだ。代わりに、夫の腕に絡むように立つ若い女性がいた。控えめな服装をしているが、視線はどこか勝ち誇っている。夫が私を見つけると、何事もなかったように口を開いた。
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