父が事故で亡くなったのは、私が大学二年の春だった。
突然の知らせだった。仕事帰り、交差点での衝突事故。搬送先の病院で息を引き取ったと聞いたとき、頭の中が真っ白になった。
けれど――本当に驚いたのは、その後の母の変化だった。
母は昔からヒステリックだった。些細なことで怒鳴り、物に当たり、私にも父にも強い言葉を浴びせた。食卓が静かに終わった記憶はほとんどない。
父はいつも黙っていた。反論せず、言い返さず、ただ静かにやり過ごしていた。
だから私は、正直に言えば、母に対してどこか疲れていた。
そんな母が、父の葬儀を終えた頃から、まるで別人のようになった。
声を荒げることがなくなり、家の中は静まり返った。私が帰宅すると、穏やかな声で「おかえり」と言う。
料理の味付けも変わった。以前のような乱暴さが消え、丁寧で、優しかった。
最初は「ショックで弱っているのだろう」と思った。
けれど、日が経つにつれて違和感が強くなった。
怒らない。取り乱さない。感情が凪いでいる。
それは“落ち着いた”というより、“何かが抜け落ちた”ような静けさだった。
(嫌な感じだな)
理由のない不安が、胸の奥に沈んでいった。
ある日、父の書斎を整理することになった。事故から半年が過ぎ、ようやく遺品に手をつける気持ちになれたのだ。
引き出しの奥に、古い封筒がまとめて入っていた。宛名は、父の名前。
差出人は――母。
日付は、私が小学生だった頃から、ここ数年まで続いている。
不思議に思い、一通を開けた。
そこに書かれていた文字を読んだ瞬間、息が止まった。
記事はまだ終了していません。次のページをクリックしてください