土曜の昼下がり、駅前の牛丼屋はいつものように混んでいた。カウンター席が中心の、回転の速さが売りの店だ。スーツ姿の会社員、部活帰りの学生、作業着の男性。そんな中、入り口の自動ドアが開いた。
ベビーカーを押した若いママさんだった。
店内の空気が、ほんの一瞬だけ変わる。
(え? こんな店に子連れか?)
正直、俺はそう思った。通路は狭いし、カウンター中心でベビーカーの置き場もない。
赤ん坊が泣いたらどうするんだ、という考えが頭をよぎる。
だが、ママさんは店員に静かに声をかけた。
「テイクアウトでお願いします」
(よかったー)
心の中で安堵する。持ち帰りなら問題ない。すぐに受け取って出ていくだろう。
ところが、隣に座っていた友人が、わざと聞こえるような声で言った。
「常識ある親なら、ふっつーこんな店に赤ん坊連れてこないよな」
(言った~!)
俺は内心ひやりとした。さすがにそれは直接的すぎる。ママさんの耳にも届いたはずだ。
ベビーカーの中の赤ん坊は静かに眠っている。店員は慣れた手つきでテイクアウトの準備をしている。
ママさんは振り返らなかった。ただ、注文を待つ間、軽く頭を下げてこう言った。
「狭くてすみません。すぐに出ますので」
その声は、驚くほど落ち着いていた。
友人は鼻で笑った。
「ほらな、迷惑って自覚あるじゃん」
その瞬間、俺は少しだけ居心地の悪さを覚えた。迷惑かどうかは、まだ何も起きていないのに。
会計を済ませ、ママさんがベビーカーを方向転換させようとしたとき、通路の椅子の脚に少し引っかかった。俺は反射的に立ち上がった。
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