夜の十時を少し回った頃だった。
仕事から帰宅してソファに倒れ込み、何気なくつぶやいた。
「みかんの缶詰、食いたいな」
すると台所で洗い物をしていた嫁が顔を出した。
「おk。コンビニ行ってくる」
軽い調子でそう言い、上着を羽織って出ていった。外は小雨。俺はテレビを眺めながら、帰りを待った。
十五分ほどして玄関のドアが開く音がした。
「ただいまー」
いつもの声。俺は振り向いた。
「早かったな」
「近いしね」
嫁はコンビニ袋をテーブルに置き、缶詰を取り出す。何も変わらない、いつもの光景だった。
そのとき――テーブルの上に置かれた嫁のスマホが鳴った。
着信表示は「非通知」。
「出ないのか?」
「知らない番号だし、あとでいいや」
そう言いながらも、二度三度と鳴るため、嫁はしぶしぶ通話ボタンを押した。
「もしもし?」
数秒、沈黙。
嫁の表情が、ゆっくりと強張っていく。
スピーカーに切り替えた瞬間、男の声が響いた。
『この携帯の持ち主のご家族ですか? こちら○○総合病院ですが――』
俺と嫁は顔を見合わせた。
『この携帯の持ち主の女性が、交通事故に遭われました。
意識不明の重体です』
空気が凍った。
俺は思わず口にした。
「え? さっき帰ってきたけどなぁ……」
電話口の男は困惑した声で言う。
『おかしいですね。身分証とこの携帯が現場にありまして……』
嫁は青ざめている。
「私……今ここにいます」
沈黙。
『……申し訳ありません。状況を再確認します』
通話は切れた。
部屋の中が、異様に静まり返る。
「いたずらか?」
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