おこづかい帳をつけている娘の財布から、毎週日曜だけ千円が消えていることに気づいたのは、二ヶ月ほど前のことだった。
「何に使ってるの」
そう聞いても、「友達と、ちょっと」とだけ返ってくる。ただ、「友達と」にしては、毎回きっちり千円という金額が揃いすぎているのが気になった。日曜の午後になると、制服でもないのに、決まって二時間ほど家を空ける。
行き先を聞いても、はぐらかされるばかりだった。
半年近く、その習慣は変わらず続いていた。ある日、娘のスマートフォンの画面に、見慣れない病院名からの通知が一瞬表示されるのを見てしまった。娘自身が何か病気を隠しているのではないか。そんな不安が頭をよぎり、いても立ってもいられなくなった。
意を決した私は、ある日曜、少し距離を取って娘のあとをつけてみることにした。娘はバスに乗り、隣町にある大学病院へ向かった。受付で娘が名前を告げると、顔なじみらしい看護師が、笑顔で「今日もありがとう、あの子、いつも楽しみにしてるのよ」と声をかけていた。
娘は自分のためではなく、誰かの見舞いに通っていたようだった。
小児病棟の一室に、私も少し離れた場所からそっと様子をうかがった。ベッドの上には、娘と同じ年頃の女の子が、嬉しそうに娘を出迎えていた。
事情を尋ねると、娘はようやく話してくれた。その子は、中学時代の同級生で、去年から長期の入院治療を続けているのだという。学校の友人たちが少しずつ疎遠になっていく中、娘だけは毎週欠かさず面会に通い、お小遣いで買った雑誌やお菓子を届けていた。
「大げさに思われるのが嫌で、誰にも言わなかった」
娘はそう言って、少し照れくさそうにうつむいた。友達のために何かをすることを、当たり前のように、けれど誰にも知られたくないという気持ちで続けていたのだった。
「立派なことしてるじゃない」
そう伝えると、娘は少し驚いた顔をしたあと、小さく笑った。次の日曜から、私も時々、娘のお見舞いに付き合うようになった。
千円の使い道を、もう疑うことはない。