二月のある雪深い夜のことだった。
山奥にひっそりと佇む温泉宿「風月亭」の玄関で、佐藤賢治は一人、囲炉裏の火を見つめていた。
手元には一枚の契約書が置かれている。
それは、祖父母から受け継いだ大切な宿を手放すための売却契約書だった。
築八十年の風月亭は、かつて多くの客で賑わっていた。地元の山菜を使った料理、肌が美しくなると評判の温泉、四季折々の山の景色。
祖父母が人生をかけて守ってきた宿だった。
賢治も十五年前、この宿を継いだ時には大きな希望を抱いていた。
しかし、五年前に高速道路が開通すると状況は一変した。便利な場所にできた大型リゾートホテルへ客は流れ、風月亭を訪れる人は年々減少していった。
今では月に数組の常連客が来るだけ。
経営は完全な赤字だった。
賢治自身も、幼い頃から波乱の人生を歩んできた。
五歳の時に両親を交通事故で亡くし、祖父母に引き取られて風月亭で育った。東京で建築士として新しい人生を歩もうとしたこともあったが、祖母が倒れた知らせを受け、故郷へ戻った。
祖母は最後にこう言った。
「賢治がいてくれて、本当に幸せだった」
その言葉を残して旅立ち、その後を追うように祖父も亡くなった。
一人になった賢治に残されたものは、祖父母との思い出が詰まった風月亭だけだった。
だからこそ、最後まで守りたかった。
だが、時代の流れには逆らえなかった。
そんな中、あの夜の出来事が起きた。
外では猛烈な雪が降り続いていた。
予約客も全てキャンセルになり、静まり返った宿内に突然、玄関の呼び鈴が鳴り響いた。
「こんな時間に……?」
不思議に思いながら扉を開けた賢治は、言葉を失った。
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引用元:https://www.youtube.com/watch?v=AqiwDY9Bog0,記事の削除・修正依頼などのご相談は、下記のメールアドレスまでお気軽にお問い合わせください。[email protected]