坂本り子、37歳。用和食品株式会社の総務部で契約社員として働き、1年4ヶ月になる。誰も感謝しない雑用も、り子はいつも丁寧にこなしていた。
半年前に総務部へ異動してきた安藤恵は、明るい笑顔の裏で、り子への当たりを強めていった。頼むのは常に雑用。ミスがあればり子のせいにし、手柄は自分のものにする。り子が発案した備品コスト削減案も、恵が自分の成果として上司に報告していた。
それでもり子は、証拠を残すように、日々の業務記録だけは丁寧に取り続けていた。
ある秋の曇った日、り子が外回りの帰りに雨宿りをしていると、隣に白髪の老人が立っていた。質素なグレーのジャケットを着た、目だけが不思議に澄んだ人だった。
「よろしければ」
り子は折りたたみ傘を差し出した。
「ここで働いています」
「そうか。仕事は楽しいかね」
「はい、楽しいです」
老人はその後も週に一度ほど総務部のフロアに顔を出すようになり、り子と短い言葉を交わすようになった。恵を含む他の社員は誰も、その老人の正体を気にしなかった。
11月のある月曜、り子は篠田課長に呼び出された。
「坂本さん、単刀直入に言います。来月末をもって契約を更新しないことになりました」
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