経理部主任として、私は10年前からずっと、部内の発注案件を決裁する承認者を任されてきた。金額の大小にかかわらず、最終的な承認は必ず自分を通す運用が定着していた。月に数十件の案件を確認するのが日課で、朝一番にシステムを開いて未処理の案件を確認することが、10年間ずっと変わらない習慣になっていた。
その朝、いつも通りシステムにログインすると、画面に見慣れない赤い文字が表示された。
「承認権限がありません」。何度ログインし直しても、同じ表示が出るだけだった。パスワードの入力ミスかと思い、何度も打ち直してみたが、結果は変わらなかった。権限が変更されるような手続きに、心当たりはまったくなかった。異動の話も、役職の変更の話も、誰からも聞いていなかった。
対応に困っていると、部下から内線が入った。「例の280万円の発注、もう承認済みになってますけど、大丈夫でしたか」。私はその案件を承認した記憶がなかった。むしろ、まだ内容を確認する前の段階だったはずだった。慌ててシステムで履歴を確認すると、承認者の欄には、隣の部署に配属されている若手社員の名前が記載されていた。
承認された時刻は、私のログインエラーが発生したのとほぼ同じ時間帯だった。
すぐに本人に事情を尋ねてみたが、彼自身も驚いた様子だった。「僕、そんな承認した覚えないです。というか、僕にそんな権限あるんですか」。若手社員のIDでは、本来、金額の大きな案件を承認できる権限は付与されていないはずだった。彼は入社してまだ3年目で、これまで自分の裁量で承認できるのは、数万円程度の少額案件だけだったはずだと、動揺した様子で繰り返した。
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