実家に顔を出した際、何気なく家計簿を見せてもらうと、毎週土曜日だけ、現金2千円が使途不明のまま消えていることに気づいた。他の曜日にはそうした記録はなく、土曜日だけがぽつぽつと空欄のまま続いている。
七十代になる母に理由を聞くと、「ちょっと出かけてるだけよ」と、はぐらかされるように答えるだけだった。
最近、高齢者を狙った特殊詐欺のニュースをよく目にしていた私は、内心穏やかではいられなかった。
母のスケジュール帳をこっそり確認すると、毎週土曜日の欄にだけ、小さな丸い印がついていた。行き先を示すような記載は、どこにもなかった。
心配になった私は、ある土曜日、母に気づかれないよう、少し距離を取ってあとをつけてみることにした。
母は最寄り駅からバスに乗り、十五分ほど離れた見知らぬ住宅街で降りた。迷いのない足取りで向かった先は、古びた一軒家だった。表札には、聞いたことのない名字が書かれていた。
母は慣れた様子で呼び鈴を押し、すぐに中へ通された。少し離れた場所からそっと窓越しに様子をうかがうと、リビングには車椅子に座った高齢の女性の姿があった。母は持ってきたらしい弁当を取り出し、テーブルの上に丁寧に並べ始めた。
胸がざわついた。母は一体、誰にお金を渡しているのだろうか。詐欺の被害者になっているのではないか。そんな不安を抱えたまま、私は思い切って玄関のチャイムを鳴らした。
出てきた母は、驚いた顔をしたあと、事情を話してくれた。その女性は、母が長年勤めていたパート先の、かつての同僚だった。数年前に一人で暮らしていたところで転倒し、それ以来体が不自由になったのだという。
身寄りが少なく、週に何度かのヘルパー訪問以外は、ほとんど一人きりで過ごしていた。
母は月に何度か様子を見に行くようになり、いつしか毎週土曜日、簡単な弁当と日用品を差し入れるのが習慣になっていたのだという。2千円は詐欺の被害額などではなく、その弁当や日用品の代金だった。
「誰かに言うと、大げさになるかと思って」
母は少し照れくさそうにそう言った。
詐欺を疑って後をつけたことを、私は正直に謝った。それと同時に、七十代になっても誰かのために動き続ける母の姿に、少し胸を打たれた。
その週末から、私も時々、母と一緒にその家を訪ねるようになった。