習志野駐屯地の正門には、初秋の乾いた風が吹き抜けていた。
その空気を裂くように、一台の高級セダンが静かに停止する。
運転席に座る女性は、黒の上質なセットアップに身を包み、周囲から見ればただの民間人にしか見えなかった。
しかし、その名は――彩坂しおり。
北海道・千歳を拠点とする陸上自衛隊第七師団、その師団長にして、特殊作戦群を束ねる極めて異例の経歴を持つ指揮官である。
だが今の彼女は、その肩書を一切外していた。
ただ一人の「叔母」として、ここに来ていたのだ。
「おい、おばさん。ここは誰でも入れる場所じゃないぞ」
正門に立つ営門員・黒岩達也が、だらしなく腕を組みながら吐き捨てるように言った。
胸には階級章。だが態度には規律も敬意もない。
「身分証を出せ。ここがどこか分かってるのか?」
侮蔑を含んだその視線が、しおりを舐めるように見下ろす。
「おばさん」という言葉に、わざとらしい嘲笑を混ぜる。
彼は自分が“門番としての権力”を持っていると信じて疑っていなかった。
しおりは何も言わない。
ただ静かにエンジンを切り、車内に沈黙を落とした。
その沈黙は、異様なほど重かった。
その瞬間、彼女の脳裏に浮かんだのは、昨夜の電話だった。
――「おばさん……いえ、師団長……自分は大丈夫であります」
受話器の向こうで必死に強がる声。
それは彼女のたった一人の甥、木戸だった。
特殊作戦群に志願し、誇りを胸に厳しい訓練の世界へ飛び込んだ若い隊員。
しかしその声は明らかに疲弊していた。
しおりは直感していた。
何かが起きている、と。
記事はまだ終了していません。次のページをクリックしてください
引用元:https://www.youtube.com/watch?v=LpkucOhL7gE,記事の削除・修正依頼などのご相談は、下記のメールアドレスまでお気軽にお問い合わせください。[email protected]