午前五時半。
北向きの台所は、まるで冷蔵庫の中のように冷え切っていた。
中村和代、六十八歳。痛む腰を押さえながら、ゆっくりと布団から起き上がる。それが彼女の二十年間変わらない朝だった。
同じ家に住みながら、夫の隆一とは別々の部屋で眠る家庭内別居生活。壁一枚隔てた向こう側には、南向きの暖かい部屋で眠る夫がいる。しかし、和代の居場所はいつも北側の六畳間だった。
「午前六時までに朝食を準備しろ」
それが隆一の決まりだった。
和代は冷たい床に膝をつき、味噌汁を作り、魚を焼き、温度を確認しながらお茶を入れる。少しでも何かが違えば、夫から長い説教が始まるからだ。
「お茶がぬるいな」
六時になると、隆一は新聞を片手に現れる。
「申し訳ありません。入れ直します」
和代はいつものように頭を下げた。
テーブルの上には毎月渡される茶封筒が置かれていた。中身は五万円。
「食費も日用品も、それで全部やりくりしろ。無駄遣いするなよ」
隆一はそう言って、自分の通帳も印鑑も金銭管理も決して和代には任せなかった。
退職金も年金もある。それでも和代には自由に使えるお金などほとんどなかった。
「俺は十分渡している。できないのはお前の能力の問題だ」
その言葉を、和代は何度聞いただろう。
怒りを飲み込み、涙を隠し、「私さえ我慢すれば」と自分に言い聞かせてきた。
しかし、ある冬の朝、その考えは静かに崩れ始める。
その日は和代自身が高熱を出していた。
頭は重く、体は震えていた。それでも午前五時半になると、彼女は起き上がった。
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引用元:https://www.youtube.com/watch?v=W6Qc2bQaYx4&t=50s,記事の削除・修正依頼などのご相談は、下記のメールアドレスまでお気軽にお問い合わせください。[email protected]