双子が二歳になったばかりの頃、私の毎日は「時間」と「体力」を削り取られる連続だった。朝は五時台に起こされ、食事の用意をし、着替えさせ、片付け、泣き声の理由を推測し、昼寝のタイミングを逃さぬよう神経を尖らせる。夜は夜で、片方が眠ればもう片方が起き、やっと静かになったと思った瞬間に家事が待っている。鏡を見るたび、自分の顔色が薄くなっていくのが分かった。
夫は、家にいないわけではなかった。けれど「いるだけ」だった。帰宅して食卓に座り、スマホを眺め、私が「お風呂、手伝って」と頼めば「今、疲れてる」と返す。育児の現場に立つことを、どこか他人事のように避けていた。
そんなある晩だった。双子をようやく寝かしつけ、私は台所で哺乳瓶を洗っていた。手が水にふやけて痛いのに、止めるわけにはいかない。背後から、夫がため息をつく音がした。
「もう無理だわ」
振り返ると、夫はテーブルに白い紙を置いた。離婚届だった。記入欄の大半が空白のまま、ペンまで添えてある。言葉が出なかった。驚きよりも、理解が追いつかない感覚が先に来た。
「…何、それ」
私が掠れた声で言うと、夫は目を合わせないまま荷物を掴んだ。
「俺、自由が欲しい。育児も家も、全部重い。とにかく出てくから」
玄関のドアが閉まる音が、妙に乾いて響いた。私は台所に立ち尽くし、シンクの水が流れ続ける音だけが耳に残った。怒りも悲しみも、すぐには湧かなかった。湧く前に、体が限界だった。
「……は?」
言葉が遅れて出た。けれど次の瞬間、私の中で何かが静かに切り替わった。泣いて引き止めたところで、双子の明日は止まらない。
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