義母が亡くなったあと、私は4歳の娘と一緒に遺品を整理していました。
義母とは同居していましたが、嫁姑の関係は驚くほど穏やかでした。中学生の頃に実母を亡くした私にとって、義母はもう一人の母親のような存在でした。
一方、夫は義父の遺産を受け取ってから、明らかに様子が変わっていました。
帰宅は遅く、休日も一人で外出。家事も育児もしない。
私の父が入院した時には、見舞いより先に「遺産はいくら入るんだ」と聞いてきました。
そんな夫が、ある日突然、私に生命保険への加入を勧めてきました。
しかも、受取額はかなり大きいものでした。
「まさか、私に何かあった時のお金を狙っているんじゃないでしょうね」
冗談半分でそう言うと、夫は急に話を切り上げました。
その話を聞いた義母は、珍しく厳しい顔をして言いました。
「絶対に契約しちゃだめよ」
それから約1か月後。
週末の朝、出勤しようとした私から義母はいつものコートを取り上げました。
「今日だけは、これを着ないで」
私は理由も分からないまま別のコートで出かけました。
その夜、父の病院から帰宅すると義母の姿がありませんでした。
ほどなくしてサイレンが聞こえ、義母がひき逃げに遭ったと知らされました。
葬儀にも夫は姿を見せませんでした。
数日後、娘が義母の部屋から1冊の日記を持ってきました。
「おばあちゃんが、ママに見せてって」
そこには、夫が保険関係の女性と親しくしていること、そして私の保険について不自然な話をしていたことが記されていました。
さらに亡くなる前日のページには、私が毎週末、父の病院から同じ道を走って帰ること、いつも反射材の付いたコートを着ていることまで書かれていました。
そこで、あの日、義母がなぜ私のコートを変えさせたのかがつながりました。
私は日記を持って警察へ行き、娘と一緒に兄の家へ避難しました。
義母のスマートフォンにも、夫と浮気相手が私について話していた記録が残されていました。
捜査の結果、夫たちは私を事故に見せかけて傷つけ、保険金を得ようとしていた疑いが強まりました。義母はその計画を知り、私を守ろうとしていたのです。
夫や関係者は警察に連れて行かれ、私は離婚しました。
事件が明らかになっても、義母が戻ってくることはありません。
私の中に残ったのは、怒りよりも、あの日の言葉でした。
「今日だけは、そのコートを着ないで」
あれはただの気遣いではありませんでした。
義母が最後に私と娘を守ろうとして残してくれた、言葉だったのです。