姑が亡くなり、四十九日を過ぎた頃、私は夫と2人で、姑が1人で暮らしていた家を片づけていました。
姑とは最後まで、どうしても分かり合えませんでした。
思ったことをそのまま口にし、相手が傷ついても気にしない。それなのに自分が言われたことはいつまでも覚えている。1人息子である夫のことにも何かと口を出し、結婚後も私たちの生活を細かく知りたがる人でした。
正直、何度「もう関わりたくない」と思ったか分かりません。
それでも結婚生活を続けられたのは、夫がいつも私の側に立ってくれたからです。
姑の干渉がひどくなれば、「しばらく実家に帰っていたほうがいい」と私を逃がしてくれたこともありました。結婚して10年たった今でも、夫への気持ちは出会った頃とほとんど変わっていません。
片づけの途中、そんな昔の話になりました。
夫はぽつりと言いました。
「俺も昔から母親が苦手だった。でも親子だから、いちいち気に病むのをやめたんだ」
そして少し間を置き、
「お前には、ずいぶん嫌な思いをさせて悪かった」
と謝ったのです。
私は「いいよ。ちゃんと守ってくれたし」と答えました。
不思議なことに、その時、本当にもういいと思えました。姑を恨んでいた気持ちまで、少し遠くなった気がしたのです。
その直後でした。
押し入れの奥から、キャスター付きの黒い大きな衣装ケースが出てきました。
夫が開けると、中には何十個もの包みが入っていました。
私はすぐに気づきました。
母の日。誕生日。
結婚してから10年間、私が姑に贈ってきたプレゼントです。
しかも、全部きれいに包まれたまま。
一度も開けられていませんでした。
中には、押しつぶされたように形が崩れているものまでありました。
私は、しばらく箱の中を見つめました。
プレゼントを身につけている姿を一度も見たことはありませんでしたが、まさか開封すらしていなかったとは思いませんでした。
夫は青ざめて、「ごめん。本当にごめん」と何度も謝りました。
ところが私は、なぜか笑ってしまったのです。
「いいよ、いいよ」
ここまで徹底されると、怒る気力さえなくなりました。
半分は義務のような気持ちで贈っていたものです。それでも10年分を一つ残らずしまい込み、最後まで開けなかった姑。
生前は何を考えているのか分からない人でした。
そして亡くなったあと、押し入れの奥から出てきたその箱が、最後まで言葉にしなかった姑の感情を、何よりはっきり見せてくれた気がしました。
好きにはなれなかった。
それでも、もう怒らなくていい。
あの黒い衣装ケースを見たとき、私はようやく姑との10年間を、本当に終わらせることができたのかもしれません。