義母が亡くなった日、私は真っ先に夫の翔太へ連絡しました。
義母は以前から病気で、ここ1週間が山場だと言われていました。だからこそ、出張中だという夫にも何とか知らせたかったのです。
ところが電話口の夫は、事情を聞こうともしませんでした。
「仕事中に連絡するなって何度言えば分かるんだ」
さらに私を「何もしていない」「男の金で暮らしている」と罵り、最後には「次に連絡したら離婚だ」とまで言いました。
私はそこで連絡をやめました。
義母の葬儀は、義父と私を中心に行われました。
夫は、母親の最期にも、葬儀にも姿を見せませんでした。
3日後。
出張から戻った夫から電話が入りました。
「家に入れない。鍵を変えたのか」
私はようやく伝えました。
「お母さん、3日前に亡くなったわ。葬儀も終わった」
夫は激怒しました。
「なんで言わなかった!」
けれど私は何度も伝えようとしていました。
それでも、どうしても夫にも最期の別れをしてほしいと思い、私は夫の会社にまで連絡していました。
そこで思いがけないことを聞かされたのです。
会社は、夫に出張など命じていませんでした。
家に戻って書斎を調べると、女性と楽しそうに写る写真も出てきました。
夫は仕事に集中していたのではありません。
「出張」と嘘をつき、浮気相手と過ごしていたのです。
私は離婚を決めました。
夫は「離婚の原因はお前だ」と言いましたが、私も慰謝料を請求すると伝えました。
それでも夫には、まだ最後のよりどころがありました。
義父の会社です。
自分は将来、その会社を継いで社長になる。それを当然だと思っていたのです。
しかし義父の答えは違いました。
「家族を大事にできない人間に、会社は任せられない」
従業員も家族のように尊重できなければ経営者にはなれない、と義父は言いました。
さらに、義母の闘病中に一度も見舞わず、浮気のために「忙しい」と嘘をついていたことを知ると、義父は息子との絶縁まで決めました。
後継者も、家も、妻も失った夫。
その後、勤務先でも実際の出張をサボっていたことが発覚し、解雇されたそうです。
一方、私は義父と暮らしながら、これまで手伝ってきた会社の経理を続けています。
義父からは、今後経営も学んでほしいと言われました。
夫が欲しがっていた「社長の座」を私が奪ったわけではありません。
彼が自分で手放したのです。
大切な人の言葉を聞こうとしなかった、その積み重ねによって。