「嫌なら、あなたがやればいいじゃない」
そう言われた瞬間、会議室の空気が止まった。
言ったのは、同じ部署の先輩、三枝さん。
四十代半ば。
声が大きい。
態度も大きい。
そして、面倒な仕事を他人に投げる時だけ、妙に人懐っこい笑顔になる人だった。
私は資料を握ったまま、黙っていた。
今回の仕事は、取引先への謝罪訪問だった。
原因は、三枝さんの発注ミス。
納品数を一桁間違えた。
確認メールも見落とした。
その結果、先方のイベント当日に商品が足りなくなった。
完全に三枝さんのミスだった。
なのに、なぜか私が行く流れになっていた。
「若いんだから、頭下げるくらいできるでしょ」
三枝さんはそう言って笑った。
笑える要素は一個もなかった。
私は謝罪が嫌いだ。
自分のミスならする。
当然だ。
でも、他人のミスをかぶって謝るのは違う。
それは優しさじゃない。
ただの人身御供だ。
「私の担当ではありません」
私は一度、そう言った。
すると三枝さんは、わざとらしくため息をついた。
「そういうところだよね。協調性がないって言われるの」
隣の席の後輩が、気まずそうに下を向いた。
課長は黙っていた。
その沈黙が、一番腹立たしかった。
私は思った。
ここで必死に断っても、たぶん悪者にされる。
「冷たい」
「チームを考えていない」
「責任感がない」
便利な言葉はいくらでもある。
だから、私は作戦を変えた。
無理に断らない。
ただし、逃げ道も作らせない。
私はゆっくり頷いた。
「分かりました。では、私が謝罪に行く前提で、事実確認をお願いします」
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