店主の声は震えていました。いつもなら「おかえり」と笑って迎えてくれる人が、カウンターの奥で肩を落とし、「今日で閉める」と言う。店内の空気が一気に冷えました。
「ヤクザにみかじめ料二千万取られて……もう無理だ。これ以上は守れない」
誰も言葉を返せませんでした。怒りより先に、現実感のない数字と、店主の顔色の悪さが胸に刺さったからです。
常連たちは目を合わせず、グラスの氷だけが小さく鳴る。そんな中、隅の席にいた物静かな男が、ただ一度だけ視線を上げました。
「へぇ……その小僧、呼べる?」
淡々とした声。抑揚も威圧もない。けれど、その一言で店内は凍りつきました。誰もが驚いたのは、言葉の内容だけではありません。男の“温度”が、異様に一定だったからです。
店主が慌てて首を振りました。
「や、やめてくれ。相手は本職だ。こっちが何かしたら――」
男はそこで初めて、ゆっくりと息を吐きました。怒っていない。怯えてもいない。ただ、事実を整理する顔でした。
「二千万ってのは、いつ、誰に、どこで渡した?」
「……三回に分けてだ。毎月、封筒で」
「領収書は?」
「そんなの、あるわけ……」
男は頷き、指でテーブルを軽く叩きました。まるで、頭の中で手順を組み立てているように。
ここで、私は思い出したのです。この男――常連たちは“静かな人”としか知らなかったが、たまに店主と話す内容が、どうにも普通ではなかった。
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