新幹線のグリーン車は、普通車とは違う静けさがある。車内に漂う落ち着いた空気、控えめな会話、整った座席。決して安くはない料金を払ってでも、その快適さを求めて乗る人が多い空間だ。だからこそ、その場の秩序は暗黙の了解として守られている。少なくとも、私はそう思っていた。
その日も私は、事前に予約していたグリーン車の自分の席に座り、ようやく一息ついていた。
移動の疲れを少しでも和らげたくて選んだ席だった。発車前の車内にはまだ人の出入りがあり、荷物を上げる音や小さな話し声が響いていたが、それも間もなく落ち着くだろうと思っていた。
ところが、発車間際になって一組の親子が私の座席の近くで立ち止まった。母親と小さな子どもだった。最初は、自分たちの席を探しているのだろうとしか思わなかった。だが次の瞬間、その母親は当然のような顔で私に向かって言ったのである。
「席、譲って下さい」
一瞬、意味が分からなかった。私が座っているのは自由席ではない。きちんと指定を取ったグリーン車の席である。しかも相手は、困ってお願いしているというより、譲られて当然という口ぶりだった。
私は戸惑いながらも、はっきりと答えた。
「嫌です」
空気が変わったのは、その直後だった。母親は露骨に表情を曇らせ、信じられないものを見るような目で私を見た。そして語気を強めて言った。
「子供がいるのよ!」
その言葉には、子どもがいるのだから優先されて当然だという強い圧力がにじんでいた。けれど、私は納得できなかった。子ども連れで移動するなら、なおさら早めに席を確保するべきではないのか。
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