新幹線の車内は、独特の静けさがあります。走行音が一定のリズムで耳に届き、会話は自然と小さくなる。私はその静けさが好きで、出張や帰省のたびに、窓側の指定席を取るのが習慣でした。今回も、夫と並びの席を確保し、発車直前に座席番号を確認して腰を落ち着けたところでした。

夫は「飲み物買ってくる」と言ってデッキへ向かい、私は荷物を棚に上げ、切符をバッグに戻してスマホを取り出しました。その瞬間です。隣の通路側から、やけに鋭い声が降ってきました。
「ちょっと。あなた、席を間違えてるんじゃない?」
声の主は、五十代くらいの女性でした。髪をきっちりまとめ、ブランド物らしいバッグを膝に抱えている。表情は怒っているというより、最初から“相手が悪い”と決めてかかっている目でした。
「いえ、ここで合っていますよ」
私は落ち着いて答え、座席番号を指さしました。窓側、◯号車◯番A。切符もその番号です。
ところが女性は、鼻で笑うように言いました。
「そうやって誤魔化す人いるのよね。私の席なんだから、どいて」
私は一瞬、理解が追いつきませんでした。新幹線の指定席で、“私の席”と言い張るのに根拠がない人がいるとは思っていなかったのです。念のため、私は切符を出して見せました。
「こちらです。◯号車◯番Aです」
女性は切符に目を落とすでもなく、ただ声を強めました。
「だから! 間違えてるって言ってるの! そういうの迷惑!」
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