夫が亡くなったのは、まだ葬儀の日程すら決まっていない頃だった。私は手続きと弔問対応で頭が回らず、息子も気丈に見えて、目の奥だけがずっと赤かった。
その混乱の最中、玄関のチャイムが乱暴に鳴った。
ドアを開けた瞬間、私の視界は段ボールとキャリーケースで埋まった。義父、義母、その後ろに義姉一家まで――合計7人。まるで引っ越し業者のように荷物を運び入れ、廊下を占領していく。
義母は黒い喪服を着ているのに、顔だけは妙に晴れやかだった。
「息子の家は貰う!あんたら出てけw」
耳を疑った。夫が亡くなった当日だ。悲しむどころか、住居を奪う宣言。私は言葉が出ず、息子の顔を見た。息子は一瞬固まったあと、血相を変えた。
「……お、おばさん達知らないの?」
義母が眉を吊り上げる。
「は?何をよ。ここはうちの息子の家よ。嫁がでしゃばるな」
息子は呼吸を整えるように、胸を一度上下させた。そして、震えるほど冷たい声で言った。
「ここ、“父さんの家”じゃないよ」
義父が鼻で笑った。
「何を言ってる。ローンも息子名義で――」
息子は遮った。
「名義、確認した? 登記簿」
空気が一段、重くなる。
義姉が不安そうに義母を見る。義母は強がるように言い返す。
「そんなの、どうせ夫婦の共有でしょ!息子が死んだら親が――」
息子は、カバンから透明なファイルを取り出した。そこには、コピーの束がきちんと並んでいた。私は息子がいつ用意したのか分からない。けれど、彼の手は迷いなく紙を選び、テーブルの上に置いた。
「登記事項証明書。所有者は母さん。
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