夕暮れのキッチンに、冷ややかな空気が漂っていた。ダイニングテーブルの向こう側に座る夫の顔は、見慣れた優しさを失い、冷徹な仮面を貼り付けたようだった。
「離婚してほしい」
突然の言葉だった。浮気の気配など微塵も感じさせたことはない。理由を問えば、「性格の不一致」と「仕事への不満」という、どこか決まりきった、それでいて反論を許さない響きを持つ言葉が返ってきた。
くみは言葉を失った。この人の隣で、穏やかな家庭を築けていると信じて疑わなかったからだ。
しかし、問題はそれだけではなかった。結婚生活の3年間、くみは血の繋がらない連れ子である達也を我が子のように慈しみ、育て上げてきた。達也の小さな手の温もり、寝息、学校での出来事――すべてがくみの日常であり、かけがえのない宝物だった。「達也のこともあるのに、どうして……」と、くみは必死に夫と向き合い、話し合いを求めた。夜通し言葉を尽くし、過去の思い出を紐解き、修復の道を探った。しかし、夫の意思は岩のように硬く、一度も揺らぐことはなかった。
数日後、リビングのテーブルの上には、冷たく署名・捺印された記入済みの離婚届が残されていた。
夫はすでに必要な荷物をまとめて家を出ていた。背中を押すことも、引き止めることも許されず、くみはただ、ぽっかりと空いた空間に取り残された。悲しみの波が何度も押し寄せたが、達也の存在がくみを支えていた。泣き濡れる日を越え、くみは前を向いて生きる道を選び、現実を受け入れたのだった。
それから3年の歳月が流れた。季節が変わり、くみの心にも穏やかな日常が戻りつつあったある日、スマートフォンが震えた。
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