「毎回、後悔してるのに……なんでその場で言い返せないんだろう」
その夜も、私は玄関に座り込んだまま動けなかった。
靴も脱ぎきっていない。
バッグは肩から半分ずり落ちている。
スマホには、職場のグループチャット通知が何件も光っていた。
でも、開く気になれなかった。
今日もまた、やられた。
相手は同じ部署の先輩、佐伯さん。
仕事はそこそこできる。
けれど、人のミスを見つける嗅覚だけは、警察犬より鋭い。
しかも厄介なのは、本当にミスをした人ではなく、「反論しなさそうな人」に向かって吠えるところだった。
つまり、私だ。
昼過ぎ。
会議室の空気は、いつもより重かった。
取引先に送る資料の一部が差し替え前のままだったらしい。
佐伯さんは、待ってましたと言わんばかりに私を見た。
「これ、あなたの確認範囲だよね?」
一瞬、頭が真っ白になった。
違う。
私は昨日、修正版を送った。
送信履歴もある。
差し替え担当は佐伯さん本人だった。
なのに、口が動かない。
喉の奥が固まる。
心臓だけが勝手に暴れて、手先が冷たくなった。
「すみません……確認します」
また言ってしまった。
すみません。
魔法の言葉みたいに便利で、呪いの言葉みたいに自分を削るやつ。
佐伯さんは鼻で笑った。
「確認じゃなくて、まず謝罪でしょ」
その瞬間、周囲の視線が一斉に私へ刺さった。
私はうつむいた。
床の木目だけが、やけに鮮明に見えた。
帰宅してから、悔しさが遅れてきた。
あの時、送信履歴を出せばよかった。
「差し替え担当は佐伯さんです」と言えばよかった。
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