「入園申請、キャンセルされていますが」
保育園の職員は、パソコンの画面を見ながらそう言った。
四月から預けるはずだった、認可保育園だった。半年前に申請を出し、先月には内定の通知も届いていた。育休明けの職場復帰も、その日程に合わせて決めていた。上司にも同僚にも、すでに復帰日を伝えてあった。
「そんなはずありません。取り消していません」
私はスマートフォンで、内定通知の写真を見せた。職員も困惑した様子で、パソコンの画面と見比べていた。
「システム上は、先月付けで取り消しの手続きが完了しています。区役所への確認をお願いできますか」
仕事の休憩時間に、慌てて区の子育て支援窓口へ電話をかけた。
「たしかに、先月付けで取り消しの申請が出ています」
担当者はそう言って、記録を読み上げた。申請日は覚えのない日付。書かれた氏名は、確かに私と同じ名前だった。
「私は何も出していません。書類を郵送したことも、窓口に行ったこともありません」
声が震えた。復職の予定も、保育園の内定も、すべてが宙に浮いてしまう。
担当者は少し間を置いてから、記録をもう一度確認すると言って電話を切った。
その日は一日中、仕事が手につかなかった。誰かが悪意を持って手続きを止めたのだろうか。それとも、何かの手違いなのか。考えれば考えるほど、不安が大きくなった。夜、子どもを寝かしつけながら、来月からの生活がどうなるのか分からず、涙が出そうになった。
数日後、区役所から電話がかかってきた。
「大変申し訳ございません。確認したところ、同姓同名の別の方の取り消し申請と、システム上で誤って結び付けてしまっていたことが分かりました」
聞けば、私と同じ苗字と名前を持つ別の家庭が、別の保育園への転園を理由に取り消し申請を出しており、担当者がその処理をする際、住所を確認せずに私の申請を取り消してしまったのだという。
「本来あってはならないミスです。至急、入園手続きを復活させていただきます」
その言葉に、体の力が抜けた。
翌週、あらためて内定通知が届いた。担当者からは丁寧な謝罪の電話もあり、今後は氏名だけでなく住所と生年月日を必ず併せて確認する体制に変えると説明された。
四月、子どもは無事に予定していた保育園に入園した。慌ただしかった数週間を思うと、今でも少しひやりとする。
入園式の日、子どもが新しい教室で笑っている姿を見て、ようやく肩の力が抜けた。あのまま気づかずにいたら、この光景はなかったかもしれないと思うと、確認して良かったと心から思う。
ちょっとした確認漏れが、家族の予定を大きく揺るがすことがある。誰かの悪意ではなく、ただのミスだったと分かってからも、その重みは簡単には消えなかった。