「ちょっと、生活費カードが使えないんだけど!」
離婚届が受理されてから、わずか十二分後のことだった。
市役所の正面玄関を出たばかりの私は、スマホの着信画面に表示された名前を見て、思わず足を止めた。藤原和代。元姑だ。離婚が成立したその日に、真っ先にかかってきた電話の第一声が、まさかのそれだった。
「ちょっと、生活費カードが使えないんだけど」
私は一瞬、意味が分からず、それから、笑ってしまった。
六年続いた結婚生活が、紙一枚で終わった。その直後に届く言葉が、謝罪でもなければ、息子の直樹のことでもなく、私の生活費カードの文句だったのだ。あまりにも、この人らしい。あまりにも、救いがなかった。
「何笑ってるのよ。こっちはレジで恥をかいたのよ!」
電話の向こうで、和代さんの声がさらに尖る。背景にはスーパーのざわめきが混じっていた。電子音、店員の呼び声、ビニール袋の擦れる音。どうやら、高級スーパーで買い物の最中らしい。
私はゆっくり階段を降りながら、落ち着いた声で言った。
「藤原さん」
呼び方を変えた瞬間、相手の空気がぴたりと止まった。
「なに、その呼び方」
「離婚しましたので」
「離婚したからって、そんな他人みたいに言わないでちょうだい!」
他人。そう言われて、私はふと空を見上げた。よく晴れていた。六月の明るい空が、離婚したばかりの心には少しだけ眩しい。けれど、不思議と嫌ではなかった。
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引用元:https://www.youtube.com/watch?v=Np7NH4VE-mI,記事の削除・修正依頼などのご相談は、下記のメールアドレスまでお気軽にお問い合わせください。[email protected]