「あなたの実家の土地は、息子へ。義弟に500万円も、お願いね」
駅前の老舗料亭、静かな座敷に、篠原紀子のよく通る声が落ちた瞬間、私は息を呑んだ。
両家の顔合わせの席で、まさかそんな言葉が飛び出すとは思っていなかった。
その日、私は母と一緒に少し早めに到着していた。母は父の命日以来、久しぶりに淡い藤色の着物を着ていた。
朝から何度も帯を直しながら、「美咲が幸せになる日だから」と微笑んでいた姿を、私は今でも忘れられない。
婚約者の直人とは交際三年。穏やかで、怒鳴ることもなく、いつも優しく笑う人だった。結婚後のことも、「美咲のお母さんのことも大切にしよう」「二人でちゃんと話し合って決めよう」と、そう言ってくれた。だから私は信じていた。この人なら、父を亡くした後の母も、私自身も、きっと守ってくれると。
だが、その信頼は、顔合わせが始まって三十分も経たないうちに崩れ去った。
食事が一段落したころ、直人の母・紀子は、上品な笑みを浮かべながら膝元のバッグから白い封筒を取り出した。
「結婚前に、確認しておきたいことがあるの」
まるで式場の候補を選ぶような自然さだった。私は結納の話だと思った。だが、封筒から出てきたのは、まったく別物だった。
表紙に記された文字は――**婚姻前確認契約書**。
その中身を見た瞬間、喉の奥が冷たくなった。
そこには、私の実家が所有する土地を直人名義に変更すること、篠原家の次男・葉司の企業資金として500万円を藤崎家が負担すること、結婚後は篠原家の方針に従うことまで、当たり前のように書かれていた。
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引用元:https://www.youtube.com/watch?v=60t6lRbctR4,記事の削除・修正依頼などのご相談は、下記のメールアドレスまでお気軽にお問い合わせください。[email protected]