立川の灼熱の午後。セミの鳴き声が空気を切り裂き、アスファルトの照り返しが人々の足を速めていた。中央銀行立川支店には、スーツ姿の客たちが行き交い、冷たいエアコンの風がロビーに満ちていた。

そんな中、一人の老婆がゆっくりと自動ドアへと近づいていく。その名は坂本花、七十八歳。汗と埃にまみれた服、風に乱れる白髪、そしてその身体から漂う臭いに、人々は眉をひそめた。

「おい、臭いんだよ。出てけ」
若い窓口係の由紀子は、冷たく彼女を拒絶した。

花は困惑しながらも、震える声で訴えた。「ここに…大事なものを預けた気がして…」
「冗談はやめてください。ここはホームレスの休憩所じゃありません」

ついに呼ばれた警備員に引きずられ、花は銀行の前で転倒した。痛みと屈辱に涙を浮かべながら、呟く——「私、百三十億円…預けてたのに」。

誰にも聞こえぬその独白は、しかし、やがて一つの嵐を呼び起こすことになる。

消された記憶と、蘇る自尊心

公衆電話の前に立った花は、震える手でボロボロの紙切れに記された番号を押す。「正一さん…私を、覚えてる？」

電話の向こうから懐かしい声が返る。「花さん…？まさか本当に…！」

かつて立川一帯の不動産を所有し「立川の女王」と呼ばれた花。若き日、商談に明け暮れ、銀行員に頭を下げさせた女が、いま地面に膝をついている。

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