金色の稲穂が波打つ初秋の夕暮れ、秋田の奥深い農道に甲高い金属音が鳴り響いた。ガシャン――と響き渡ったその衝撃は、長い歳月に封じられていた運命の扉を静かに、しかし確実に開く合図であった。
黒光りする外車のバンパーが歪み、その前に小さく傾いだ古いトラクター。ハンドルにしがみついていた若い女性は、麦わら帽子を押さえながら慌てて飛び降りた。
彼女の名は咲希(さき)。二十五歳、祖母と共にこの村で農業を営む、素朴で勤勉な娘である。
対する外車の運転席では、白髪の老人が驚愕と慟哭の入り混じったまなざしを咲希へ向けていた。星川グループ会長――星川慶二(ほしかわ けいじ)。七十歳を超えてなお、財界に名を轟かす大富豪である。だが、その胸奥には誰も癒やせぬ深い喪失があった。二十年前、最愛の孫娘・美優が誘拐され、消息不明となったまま時が止まっているのだ。
「……お前は、誰だ?」
老人の震える声に、咲希は息をのんだ。衝突の責任を問われると思い、深く頭を下げる。
「本当に申し訳ありません……ブレーキが、突然――。修理代は必ず、私が……」
必死に紡ぐ謝罪の言葉。しかし慶二の耳には、罪悪感よりも懐かしい旋律が響いていた。咲希の左頬に浮かぶ、小さなほくろ。大きく見開かれた目尻の柔らかな弧。そこに確かに宿る面影は、あの失われた孫娘の容姿と一分の違いもなかった。
鼓動が急速に高鳴り、息が詰まる。慶二は震える手で上着の内ポケットを探り、古びた懐中時計を握り締めた。
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引用元:https://www.youtube.com/watch?v=gpahciVo2us,記事の削除・修正依頼などのご相談は、下記のメールアドレスまでお気軽にお問い合わせください。[email protected]