夫が「離婚しよっか」と冗談めかして言ったのは、夕飯の片づけが終わった直後でした。テレビの音が小さく流れ、食器の水滴がシンクに落ちる音だけがやけに目立つ時間帯。夫はソファでスマホをいじりながら、軽い口調で笑っていました。
「なに、その顔。冗談だって」
そう言う前提で、夫は投げてきたのです。いわゆる“空気を読んで笑え”というタイプの冗談。
私が少し拗ねるか、軽く叩いて「やめてよ」って返すか、その程度の反応を期待していたのが見えました。
けれど、その日は違いました。
私はふきんを畳み、ゆっくり椅子に座って、夫のほうをまっすぐ見ました。声は大きくしません。怒鳴りもしない。ただ、言葉を丁寧に選んで、淡々と言いました。
「分かった。離婚の話をするなら、条件を整理しよう」
夫の指が止まりました。スマホのスクロールがぴたりと止まって、目だけが私に向く。笑いが引っ込み、口元が少し歪みました。
「え、いや……だから冗談で――」
「冗談でも口にしたなら、私は“冗談”として受け取れない」
私はそこで言葉を切り、呼吸を整えました。
「離婚は手続きで、生活で、子どもの人生にも関わる話。軽く言われると、私は安心できない」
夫は体を起こし、妙に早口になりました。
「いや、そんな大げさにしなくていいって。冗談じゃん。お前、最近怖いよ」
その「怖いよ」が、私には都合のいい逃げに聞こえました。
記事はまだ終了していません。次のページをクリックしてください