「驚かないでください。道を聞きたいだけです」
自宅の敷地でバイクを整備していると、突然、見知らぬ男が庭の中へ入ってきた。
門の外から声をかけるのではない。
男は私のバイクから数メートルの場所まで、当然のように歩いてきたのだ。
道路には、見覚えのない銀色の車が止まっていた。
「どちらをお探しですか?」
私は工具を置き、男との距離を取った。
男が口にしたのは、ここから車で20分ほど離れた大型商業施設の名前だった。
スマートフォンを持っているのに、地図を開く様子はない。
私が道順を説明しても、男はほとんど聞いていなかった。
視線は私ではなく、庭の奥へ向けられていた。
バイク。
工具箱。
車庫。
玄関。
窓の位置。
まるで住宅の配置を確認するように、一つずつ見回していた。
「もう分かりましたよね。敷地の外へ出てください」
私がそう言うと、男は笑顔を消した。
「なんですか、その態度は?」
声が急に低くなった。
「私は道を聞いただけでしょう?」
「道を聞くために、他人の庭へ入る必要はありません」
私は門の外を指した。
しかし、男は動かなかった。
それどころか、一歩こちらへ近づいた。
「私は道路に立っていました。あなたの土地には入っていません」
目の前に立っているにもかかわらず、平然とそう言い切った。
自分の立っている場所が、私有地だと分かっていないはずがない。
私がスマートフォンを取り出すと、男は苛立った様子で腕を広げた。
「勝手に撮るんですか?」
「記録を残します」
「話が通じない人ですね」
男は私を責めながら、ゆっくり道路へ戻ろうとした。
記事はまだ終了していません。次のページをクリックしてください