朝の会議が始まる直前だった。
私の手首には、赤く腫れた蚊の刺し跡があった。
昨夜から何度もかいてしまい、皮膚は少し破れている。
消毒して薬を塗ろうとした、その時だった。
「何をサボってるんだ?」
背後から、営業主管の黒田が声を上げた。
私は手首を見せながら説明した。
「傷になっているので、先に処置させてください。数分で終わります」
しかし黒田は、私の机にあったかゆみ止めを取り上げた。
そして、全員が見ている前でゴミ箱へ投げ捨てた。
「蚊に刺されたくらいで仕事に支障が出るのか?」
「ずいぶん大げさだな」
会議室から、小さな笑い声が聞こえた。
黒田はさらに、信じられないことを口にした。
「今日の遅れは勤務態度の問題だ」
「今月の皆勤手当はなしにする」
私は時計を見た。
始業時刻まで、まだ七分もある。
遅刻などしていない。
それでも黒田は、私に資料を押しつけた。
「今すぐ会議室に入れ」
「まともに発表できなかったら、評価も下げるからな」
その時、清掃を担当している佐藤さんが、周囲を気にしながら近づいてきた。
「これ、使って」
渡されたのは、きれいなタオルだった。
私はお礼を言い、給湯室で温度を確かめたお湯に浸した。
熱すぎないことを確認し、患部へ短時間当てる。
すると黒田が、スマートフォンを構えて追いかけてきた。
「見てください、この人」
「会議前に温かいタオルを当てて、病人ごっこをしています」
撮影された動画は、その場で社内のグループチャットに投稿された。
《蚊に刺されて仕事ができない社員》
そんな文章まで添えられていた。
会議室では、黒田の取り巻きが笑っていた。
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