「車椅子が通れない? 俺には関係ないだろ」
東海道新幹線のデッキで、男は平然と言い放った。
足元には大きなバッグ。
横にはキャリーケース。
そして出入口の真ん前には、キャンプ用の折りたたみ椅子が広げられていた。
男は深く腰を沈め、背もたれに腕をかけている。
まるで新幹線のデッキを、自宅のリビングだと思っているようだった。
通路は、人ひとりが横向きになって、ようやく通れるほどしか空いていない。
そこへ、車椅子に乗った高齢の男性と、その娘らしい女性がやって来た。
「すみません、通していただけますか?」
女性は丁寧に声をかけた。
男は目を閉じたまま、片足を少し上げただけだった。
当然、車椅子は通れない。
「申し訳ありません。椅子を少し動かしていただけませんか?」
二度目のお願いにも、男は動かなかった。
三度目には、露骨に舌打ちした。
「そっちが引き返せばいいだろ」
高齢の男性は苦しそうに腹部を押さえていた。
どうやら、急いでトイレへ行きたいらしい。
私は見ていられず、男に声をかけた。
「ここは出入口です。椅子と荷物を移動してください」
すると男は、ようやく顔を上げた。
「お前、俺に命令してるの?」
「座席を取れなかった奴が、偉そうに言うなよ」
さらに私を指さし、鼻で笑った。
「指定席を買った人間だけが文句を言えるんだ。お前は何様だ?」
周囲の空気が凍った。
しかし次の瞬間、男はわざと椅子を横向きにした。
さっきよりも通路が狭くなり、完全に車椅子が通れなくなった。
「これで満足か?」
あまりの幼稚さに、怒りを通り越して呆れた。
その様子を見ていた子どもが泣き出した。
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