新幹線の自由席車両へ入った瞬間、私は思わず足を止めた。
車内はほぼ満席。
通路には、座れずに立っている高齢者までいた。
ところが、目の前の3人掛けの座席だけは誰も座っていない。
正確には、座りたくても座れない状態だった。
窓側の前には大きなベビーカー。
中央の席には育児バッグ。
通路側の席には、上着と買い物袋が山のように置かれていた。
それらの持ち主らしい若い母親は、隣でスマートフォンを見ている。
私はできるだけ穏やかに声をかけた。
「あの、こちらの荷物を少し整理していただけませんか?」
女性は画面から目を離さずに答えた。
「子どもが寝たばかりなので、ベビーカーは動かせません」
確かに子どもは眠っていた。
だから私は、ベビーカーを無理に畳んでほしいとは言わなかった。
「ベビーカーはそのままでも、座席に置いてあるバッグと上着だけ移してもらえませんか?立っている方もいますので」
すると女性は、ようやく私を見た。
その表情は、まるで非常識な要求をされたかのようだった。
「子連れで移動するのが、どれだけ大変か分かります?」
「少しくらい体諒してくれてもいいでしょう?」
体諒していないわけではない。
むしろ子どもが起きないよう、静かに頼んでいる。
だが、体諒とは一方的に3席を差し出すことなのだろうか。
その時、杖を持った高齢の男性が、通路側の席に座ろうとした。
すると女性は素早く手提げ袋を広げた。
「そこはベビーカーを動かす時に使うので、座らないでください」
男性は困った顔で後ろへ下がった。
女性はさらにバッグを横へずらし、3席すべてを完全に塞いだ。
記事はまだ終了していません。次のページをクリックしてください