一九六七年、熊本の小さな町にある事務所に、毎日のように現金書留が積み上がっていた。
封筒の中に入っていたのは、夢を信じた人々の金だった。
「二千八十円を払えば、やがて百万円になって戻ってくる」
今なら誰もが危うさを感じる話かもしれない。だが、高度経済成長のただ中にあった当時の日本では、その言葉は多くの人にとって希望に聞こえた。
もっと豊かになりたい。家を建てたい。老後の不安をなくしたい。そんな庶民の願いを飲み込むように、ひとつの巨大組織が膨れ上がっていった。
その名は「天下一家の会」。
のちに日本史上最大級のネズミ講事件として語り継がれる組織である。
この会を作った男が、熊本県出身の内村健一だった。内村は一九二六年、農家の次男として生まれた。若い頃は旧海軍の予科練習生となり、特攻隊に志願した経験もある。出撃命令を受けたものの、終戦によって命を拾った。戦後は熊本へ戻り、生命保険の外交員として働き始める。
内村は派手な弁舌で人を圧倒するタイプではなかった。むしろ言葉を選びながら、ゆっくり話す男だったという。
しかし、相手の目を見て語る姿には妙な説得力があった。保険外交員として身につけた「人を信じさせる力」は、後に巨大な金集めの仕組みを動かす武器となる。
転機は一九六六年、糖尿病の悪化で入院した時に訪れた。病床で目にしたのは、相互扶助を掲げる団体の勧誘パンフレットだった。そこには、後から入った人の金が先に入った人へ流れる仕組みが書かれていた。
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引用元:https://www.youtube.com/watch?v=hglbHZvO7Ho,記事の削除・修正依頼などのご相談は、下記のメールアドレスまでお気軽にお問い合わせください。[email protected]