金曜の夕方、出張帰りの新幹線はほぼ満席だった。
以前の私は、少しでも交通費を抑えようと普通の指定席を選んでいた。ところが、隣の人の肘が当たり続けたり、パソコンの画面をのぞかれたり、大きな荷物で足元をふさがれたりして、到着する頃にはいつも疲れ切っていた。
そこで今回は、思い切って通常料金に2000円を追加し、窓側の1人席を予約した。
座席の横には高い仕切りがあり、隣の視線も気にならない。肘掛けも足元も自分だけの空間だ。飲み物を置き、パソコンを開いた瞬間、私は心の中でつぶやいた。
「これは2000円以上の価値がある」
ところが発車して10分ほどたった頃、後ろの席からスーツ姿の男性が近づいてきた。
「そこ、1人用ですよね。私の席と替わってもらえません?」
男性が示したのは、3人掛けの中央席だった。
「私も仕事をしたいので、交換はできません」
丁寧に断ると、男性は不満そうに眉を寄せた。
「あなた1人なんだから、どこに座っても同じでしょ。こっちは明日までの資料があるんですよ」
私にも締め切りがある。だからこそ、自費で2000円を追加し、この席を確保したのだ。
そのことを伝えると、男性は鼻で笑った。
「たった2000円で、ずいぶん偉そうですね」
私は静かに答えた。
「たった2000円なら、ご自分で予約すればよかったのでは?」
男性の表情が固まった。
それでも諦めず、私の座席横のスペースに鞄を置こうとしたため、私はすぐに制止した。
「そこも私が料金を払って確保した空間です」
男性が「少しくらいいいだろ」と声を荒らげたところへ、巡回中の車掌がやって来た。
私はスマートフォンの予約画面を見せ、男性も自分の切符を確認された。
車掌は男性に向かって、はっきり告げた。
「こちらは追加料金を支払ったお客様の指定席です。お客様はご自身の中央席へお戻りください」
「仕事があるんだけど」と食い下がる男性に、車掌は表情を変えなかった。
「皆様、それぞれの事情で座席を予約されています。交換を強要することはできません」
周囲の乗客もこちらを見ていたため、男性は何も言い返せず、鞄を抱えて自分の席へ戻っていった。
その後、私は誰にも邪魔されず、到着30分前には資料を完成させることができた。残りの時間はコーヒーを飲みながら、窓の外を静かに眺めた。
降車するとき、先ほどの男性は疲れた顔で荷物をまとめていたが、もう声をかけてくることはなかった。
2000円で買えたのは、単なる広い座席ではない。
静かな時間と集中できる環境、そして「ここは私が正当に確保した場所です」と堂々と言える安心感だった。
新幹線の1人席は、私にとって移動中の“人権”を守ってくれる最高の選択だった。