休日の昼12時。
ショッピングモールのフードコートは、家族連れでいっぱいだった。
私は1歳の娘を抱きながら、空いている席を探していた。
すると、目に入ったのは大きく書かれた案内。
「ベビー優先カウンター席」
そこには、赤ちゃん連れの親子が安心して食事できるように、少し広めのスペースとベビーチェアが用意されていた。
そのすぐ横の席に、一人の男性が座っていた。
黒いTシャツ姿。
目の前にはハンバーガーと飲み物。
赤ちゃんの姿は見えない。
男性はゆっくり食事をしていた。
私は思わず足を止めた。
「え……ここって赤ちゃん連れの席じゃないの?」
周囲を見ると、近くにはベビーカーを押した夫婦。
抱っこ紐を付けたお母さん。
小さな子どもを連れた家族が何組もいた。
でも、その優先席に座っている男性には子どもがいないように見えた。
SNSでは、
「生後660ヶ月の赤ちゃんだったのかな」
そんな皮肉めいた投稿が広がった。
確かに、写真だけを見ると、
「なぜここに?」
と思ってしまう光景だった。
しかし、その後、この男性について少し違う話が出てきた。
実は、その男性はただ休憩していただけではなかった。
店員が声をかけると、男性は静かに答えた。
「すみません、妻が今トイレに行っています」
「子どもを抱いて戻ってくるまで、ここで待っていても大丈夫ですか?」
男性の隣には、見えにくい位置に小さな荷物が置かれていた。
中には赤ちゃん用のおしりふき。
哺乳瓶。
着替え。
そして、ベビーカーにつながった荷物。
実は赤ちゃんは、妻と一緒に一時的に席を離れていただけだった。
男性は席を独占していたわけではなく、赤ちゃんが戻ってくる場所を確保していたのだ。
数分後。
妻が赤ちゃんを抱いて戻ってきた。
男性はすぐに立ち上がり、
「大丈夫だった?」
と声をかけた。
その様子を見ていた周囲の人たちは、少し驚いた。
最初に見えた光景だけなら、
「大人が優先席を使っている」
と思ってしまう。
でも、見えていなかった事情があった。
もちろん、ベビー優先席は本来、小さな子ども連れの人が利用しやすいように作られた場所。
だからこそ、利用する側も周囲への配慮が必要になる。
一方で、人の姿だけを見て判断すると、本当の事情を見落としてしまうこともある。
その日のフードコートでは、一つの出来事をきっかけに、いろいろな意見が飛び交った。
「最初は正直モヤッとした」
「でも理由を知ると見方が変わる」
「お互い少しずつ思いやれたらいいね」
小さな席をめぐる出来事。
そこにあったのは、単なる「席取り問題」ではなく、
見えている部分だけで人を決めつけないことの大切さだった。