三十五歳の私には、五歳の一人息子がいました。幼いのに落ち着きがあり、誰かが泣けばそっと玩具を差し出すような子です。和食を好み、花の名を尋ねると迷いなく「椿」と答える――同年代の子とは少し違う“静かな大人び方”がありました。
ある冬の夜、旅番組に映った古い街並みを指さし、息子が言ったのです。
「ママ、ここに行きたい。前世のお嫁さんに会いたい」
冗談とは思えませんでした。息子の横顔は懐かしむように細められ、言葉だけが妙に具体的だったからです。「椿が好きで、椿の絵のかんざしを挿していた」とまで語りました。五歳児が知るはずのない描写でした。
私と夫は迷いながらも、息子の真剣さに背中を押され、家族でその場所へ向かいました。新幹線の窓を見つめる息子は、嬉しさよりも不安げで、時折、胸の奥に沈むような表情をしました。到着すると息子は迷いなく路地を曲がり、「ここから見える夜明けがきれいなんだ」と、初めてのはずの町を“思い出すように”歩いたのです。
そして、息子が立ち止まった先。
「ここが、僕の家のはずなのに……」
そこには新しい建物が建ち、記憶の“家”は跡形もありませんでした。息子は唇を震わせ、泣きそうに肩を落としました。私は抱き寄せながら周囲を見渡し、一本の立派な椿の木が残されていることに気づきます。
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引用元:https://www.youtube.com/watch?v=EL4R3G4UtPo,記事の削除・修正依頼などのご相談は、下記のメールアドレスまでお気軽にお問い合わせください。[email protected]