「振込額は、5万4677円です」
年金振込通知書を見た瞬間、私は何度も数字を確かめた。
本来の年金支払額は、2か月分で9万7277円。
ところが、そこから介護保険料1万7300円、後期高齢者医療保険料2万5300円が差し引かれていた。
手元に残るのは5万4677円。
2で割れば、1か月わずか2万7338円ほどだ。
私は76歳だが、週3日、スーパーの清掃員として働いている。
腰も膝も痛むが、この収入がなければ家賃と光熱費を払った時点で、食費はほとんど残らない。
それでも働ける私は、まだ恵まれている。
同じ団地に住む79歳の佐藤さんは、足を悪くして仕事を辞めたばかりだった。
ある日、佐藤さんの部屋を訪ねると、冷蔵庫に入っていたのは豆腐1丁と半分残ったキャベツだけ。
「薬代を払ったら、今月はこれで乗り切るしかないの」
佐藤さんは笑っていたが、その手は小さく震えていた。
私は年金通知書と1か月分の領収書を持ち、市役所の相談窓口へ向かった。
ところが最初の職員は、
「保険料は制度で決まっていますから」
と説明するだけだった。
「制度の説明を聞きに来たのではありません。
この金額で、仕事のできない高齢者がどう暮らすのか聞いているんです」
私は机の上に数字を並べた。
家賃3万8000円。
電気・ガス・水道で約1万2000円。
通院と薬代が7600円。
年金だけでは、食費に回すお金すら残らない。
後ろで話を聞いていた責任者が席を立ち、福祉相談員を呼んだ。
詳しく調べてもらうと、佐藤さんは収入と預貯金の状況から、公的な生活支援を申請できる可能性があると分かった。
さらに医療費や配食サービスについても、利用できる制度が残されていた。
私たちは必要書類をそろえ、何度も窓口へ通った。
数週間後、佐藤さんの支援が正式に決まった。
「今夜は値段を気にせず、魚を買えるよ」
そう言って泣いた佐藤さんの顔を、私は忘れられない。
後日、市が開いた高齢者との意見交換会にも参加した。
ある議員が「各種支援制度は整っています」と話したため、私は年金通知書のコピーを差し出した。
「では、この2万7338円で1か月暮らす献立を、具体的に教えてください」
会場は静まり返り、議員は数字を見たまま答えられなかった。
その後、市役所には高齢者専用の相談日が設けられ、団地にも案内が配られた。
年金額そのものが増えたわけではない。
けれど、黙って耐えていたら、佐藤さんは今も豆腐とキャベツだけで暮らしていたかもしれない。
高度成長期、日本のために必死で働いた世代が、老後に食事を削る。
それを「制度だから」の一言で終わらせてはいけない。
数字を見せ、声を上げ、助けを求めることは、決して恥ではないのだ。