「悪いけど、通院費が足りないの。1万円だけ貸してくれない?」
そう頼んだ私に、息子の妻は冷たい顔で言った。
「他人にお金は出せません」
隣にいた息子も、目をそらしたまま何も言わなかった。
同じ家で暮らし、私が食事を作り、洗濯をし、光熱費まで負担してきた。それでも私は、2人にとって“他人”らしい。
私は68歳。
数年前にがんの手術を受け、最近また検査で気になる数値が見つかった。
年金だけでは通院費が足りず、保険金が振り込まれるまでの間、初めて息子夫婦に助けを求めたのだ。
息子夫婦がこの家に来たのは3年前。
「貯金ができるまで」という約束だったが、最初に渡していた月3万円の生活費も、半年後には途絶えた。
私は家族だからと何も言わなかった。
しかし、わずか1万円を頼んだだけで「他人」と言われた瞬間、その考えは消えた。
その夜、私は通帳、家の権利書、公共料金の領収書を机に並べた。
翌朝、市役所へ行き、生活実態を説明したうえで、住民票上の世帯を分ける手続きを相談した。
さらに電気、ガス、水道、食費を計算し、息子夫婦が負担すべき金額を一覧にした。
帰宅後、私は2人の前に書類を置いた。
「昨日、私は他人だと言われたでしょう。だから今日から家計も別にします」
息子の妻は鼻で笑った。
「同じ家なのに、そんなことできるわけないじゃない」
私は家の権利書を見せた。
この家は、亡き夫と私が働いて購入し、現在の名義も私一人だった。
「来月から家賃4万円、光熱費は3分の2、食費は各自負担。嫌なら30日以内に新しい部屋を探して」
息子は慌てて、
「親子なのに、そこまでやるのか」
と言った。
「親子だから3年間支えたの。でもあなたは昨日、私を家族として守らなかった」
数日後、保険会社から給付金70万円が振り込まれた。
疾病入院給付金15万円、手術給付金20万円、がん入院給付金15万円、がん手術給付金20万円。
通帳を見た息子の妻は、急に態度を変えた。
「それだけあるなら、引っ越し代を20万円くらい出してくれてもいいですよね?」
私は静かに答えた。
「他人にお金は出しません」
2人は何も言えなくなった。
翌月、息子夫婦は自分たちで費用を工面し、アパートへ引っ越した。
私は保険金から治療費を払い、残りは今後の通院と生活のために定期預金へ移した。
家は静かになった。
寂しくないと言えば嘘になる。
それでも、同じ屋根の下で“都合のいい他人”として扱われるより、自分のお金と尊厳を守って暮らす方がずっと穏やかだった。
家族とは、住所が同じ人のことではない。
困ったときに手を差し伸べ、お互いを人として大切にできる相手のことなのだ。