「今日で同居解消ね」――その宣告は、夕食後のリビングで息子の一也から事務的に落とされた。隣で妻の美咲は、勝ち誇ったように笑っている。田中澄子、七十一歳。澄子は一瞬目を閉じ、静かに答えた。「そう、分かったわ。教えてくれてありがとう」泣き叫びもせず、穏やかに立ち上がるその姿に、二人は拍子抜けした。
思えば五年前、市役所を退職した澄子に一也が「一緒に住もう」と手を差し伸べたのが始まりだった。
澄子は退職金から百万円を出して住宅ローンを助け、同居後は毎朝早く起きて家事を担い、月十五万円の生活費まで負担した。最初は感謝された。「母さん助かる」「料理が好き」と。だが一年も経つと空気は変わる。「煮物が濃い」「掃除が古い」「服が田舎っぽい」。一也まで「価値観が時代遅れ」と同調した。澄子は笑って受け流したが、目の奥の光だけが冷えていった。
決定打は一週間前。美咲が友人に電話で言う声を澄子は聞いた。「窓口なんて誰でもできる。役に立たないのよね」一也も笑って「母さんみたいな単純作業だし、いる意味ない」と続けた。その瞬間、澄子の胸の奥で何かが静かに定まった。翌朝も美咲は「その服ダサい」と追い打ちをかけ、一也はため息をつく。
澄子はただ「邪魔だったかもしれないわ」と穏やかに返す。直後、携帯が鳴り、別室で澄子は淡々と告げた。「田中です。明日の件、予定通り。準備は整っています」――二人の背中に、言いようのない不安が走った。
翌朝、「今日中に出ていって」「もう他人」と突き放されても、澄子の荷物は古いアルバムと書類ファイルだけ。「場所を取る」と笑う美咲に、澄子はファイルを抱え「これは必要なの」とだけ言った。
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引用元:https://www.youtube.com/watch?v=oCZqQWZtd5M,記事の削除・修正依頼などのご相談は、下記のメールアドレスまでお気軽にお問い合わせください。[email protected]