安西昇太、二十七歳。彼は中堅商社で営業を任され、今まさに会社の命運を左右する大口案件に挑もうとしていた。金額は十三億円。成功すれば会社は一段上のステージへ進める――そんな期待を一身に背負い、昇太は前日まで資料の束に埋もれながら準備を重ねていた。
数字の整合、提案書の見せ方、想定される質問への回答。どれ一つとして疎かにできない。
上司からも「今回の商談は絶対に落とすな」と念を押されていたし、昇太自身もこの勝負に全力を注いでいた。成功すれば、自分の評価も、会社の未来も大きく変わる。その重みを理解していたからこそ、商談当日の朝はいつも以上に早く起き、鏡の前でネクタイの結び目まで丁寧に整えた。
「今日は必ず決める」
そう心の中で呟き、書類鞄を手に家を出た。空気は張り詰めるように冷たかったが、昇太の胸には緊張と高揚が同時に渦巻いていた。
ところが、駅へ向かう途中、その一日は思いもよらぬ方向へと一変する。
歩道脇で、ひとりの老人が胸を押さえ、苦しそうにうずくまっていたのだ。顔色は土のように悪く、呼吸も浅い。通行人たちは遠巻きにざわつくだけで、誰もすぐには動けずにいた。
昇太は一瞬だけ足を止めた。商談の時間が脳裏をよぎる。ここで関われば、遅れるかもしれない。いや、遅れるどころでは済まない可能性すらある。
それでも、次の瞬間には身体が動いていた。
「大丈夫ですか!」
駆け寄った昇太が肩を支えると、老人はかすれた声で「心臓が……」と絞り出し、そのまま意識を失って倒れ込んだ。周囲に緊張が走る。昇太はすぐさま叫んだ。
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引用元:https://www.youtube.com/watch?v=pucmvwKTNAA,記事の削除・修正依頼などのご相談は、下記のメールアドレスまでお気軽にお問い合わせください。[email protected]