仕事を終えて帰宅したのは、午後七時を少し過ぎた頃だった。
いつものように廊下を歩き、自宅の前まで来た。
そこで、私は足を止めた。
玄関のドアノブに、薄い水色の紙が貼られていた。
配達の不在票ではない。
管理会社からの連絡でもない。
手書きの文字だった。
近づいて読んだ瞬間、背中が冷たくなった。
「毎日料理うるさい!」
「臭い!」
「いい加減にしろ!」
文字には勢いがあった。
最後の一文には、紙を突き破りそうなほど力が入っていた。
私はしばらく動けなかった。
誰が貼ったのか。
考えるまでもなかった。
隣の部屋の住人だ。
以前、廊下ですれ違ったことがある。
挨拶をしても、ほとんど返事はなかった。
それ以外に、まともに話したことはない。
なのに、突然これだった。
私は慌てて室内へ入り、鍵をかけた。
チェーンも確認した。
心臓が速く鳴っていた。
料理がうるさい。
臭い。
でも、その日はまだ夕食を作っていなかった。
前日は残業で、帰宅後にコンビニのおにぎりを食べただけ。
その前の日も、簡単にパンを焼いただけだった。
鍋を落としたこともない。
深夜に掃除機をかけたこともない。
音楽を大音量で流したこともない。
何が「毎日」なのか、まったく分からなかった。
怖さの次に、怒りが湧いてきた。
どうして直接、普通に言えないのか。
なぜ人のドアに、こんな乱暴な言葉を貼るのか。
私は紙を剥がそうとした。
しかし、指が触れる直前で止めた。
捨てたら証拠がなくなる。
私はスマホを取り出した。
ドア全体。
紙が貼られた位置。
書かれている文字。
記事はまだ終了していません。次のページをクリックしてください