私は七十二歳になる松本聖火。
その日は、朝から少し特別な気持ちで身支度をしていた。
理由は、孫の誕生日だったからだ。
孫は幼い頃から甘いものが大好きで、毎年誕生日になると「おばあちゃんが選んでくれたケーキが一番うれしい」と言ってくれる。
今年は高校を卒業する節目の年でもあった。だから、いつもより少し奮発して、特別な洋菓子を贈ってあげようと思っていた。
私は普段着の上に古いコートを羽織り、バスに揺られて街へ向かった。
向かった先は、駅前にある創業八十年以上の老舗高級洋菓子店だった。
その店は、地元では誰もが知る有名店だった。高級な材料を使ったケーキや焼き菓子で知られ、多くの人が記念日にはこの店を訪れるという。
店の前に立つと、立派な木製の扉と美しく磨かれたガラス窓が目に入った。
私は少し緊張しながら扉を開けた。
「いらっしゃいませ」
入り口にいた若い男性スタッフが、すぐに笑顔で深く頭を下げた。
その丁寧な姿勢に、私は安心した。
「孫の誕生日用に、何か良いものを選びたいのですが」
そう伝えると、彼は優しく微笑んだ。
「お孫様への贈り物ですね。
ぜひごゆっくりお選びください」
その言葉に、私は温かい気持ちになった。
しかし、その直後だった。
店の奥から一人の女性店員が歩いてきた。
彼女は私を見るなり、軽く会釈をしただけだった。
「いらっしゃいませ……」
声だけは丁寧だったが、表情には歓迎の色がなかった。
「当店の商品は、かなり高級なものが多いですが……ご予算はどのくらいでしょうか?」
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