庭の大葉を大量に摘んだものの、とても家族だけでは食べきれない。
捨てるのはもったいないと思い、きれいに洗って小袋に分け、玄関先に置いてみた。
「ご自由にお持ちください。今朝摘んで2回洗ってあります」
そう書いた紙も添えた。
けれど、夫は少し心配そうだった。
「今の時代、知らない家の野菜なんて持っていく人いるかな。それに、何かあったら文句を言われるかもしれないぞ」
確かにその通りかもしれない。
それでも、誰かの食卓で役立ってくれたら嬉しい。そんな軽い気持ちで、私は玄関のドアを閉めた。
1時間後、そっと外を確認すると、大葉は半分ほど減っていた。
「よかった。持っていってくれた人がいる」
嬉しくなったのも束の間、向かいに住む女性がこちらを見ながら、誰かに話しているのが見えた。
「玄関先に食べ物を置くなんて、衛生的にどうなのかしら」
その言葉が耳に入り、胸がズキンとした。
善意のつもりでも、迷惑だったのだろうか。
私は残った袋を片づけようと外へ出た。すると、買い物袋を持った年配の女性が、急いでこちらへ歩いてきた。
「待ってください。その大葉、もう下げてしまうんですか?」
女性は近所で一人暮らしをしている鈴木さんだった。
「もしご迷惑でなければ、もう1袋いただいてもいいですか」
事情を聞くと、鈴木さんは少し前に体調を崩し、ようやく食欲が戻ってきたところだったという。
「昨日、いただいた大葉を刻んで冷ややっこにのせたんです。久しぶりにご飯がおいしいと思えました」
私は思わず言葉を失った。
そのとき、先ほど批判していた向かいの女性が近づいてきた。
何か言われるのかと身構えていると、彼女は気まずそうに小さな袋を差し出した。
「さっきは聞こえるような言い方をして、ごめんなさい。実は私も1袋いただきました。夫のお弁当に入れたら、とても喜んでいて……」
そして袋の中から、自宅で採れたミニトマトを取り出した。
「これ、よかったら交換ということで」
夕方には大葉がすべてなくなり、代わりに玄関先にはミニトマトとナス、それから小さなメモが残されていた。
「大葉、とてもおいしかったです。ごちそうさまでした」
翌朝、鈴木さんからも手書きの礼状が届いた。
たかが庭の大葉。
けれど、それをきっかけに、今まで挨拶しか交わさなかった人たちと話すようになった。
最初は「誰も持っていってくれなかったらどうしよう」と心配していた私。
今では玄関先に小さな箱を置き、近所の人たちが余った野菜を持ち寄るようになった。
大葉は食べきれなかった。
でも、そこから生まれた優しさは、みんなで分けてもまだ余るほどだった。