「くれないんだってー。意地悪だねー」
電車の中で、知らない母親からわざと周囲に聞こえる声でそう言われた瞬間、私は言葉を失った。
その日、私はいつものように電車で帰宅していた。
バッグには、小さなミッフィーのぬいぐるみを付けていた。
数年前、大切な人からもらったものだ。
少しくたびれてはいたけれど、私にとっては値段では決められない大事な思い出の品だった。
途中の駅から、母親と5歳くらいの男の子が乗ってきた。
男の子は私のバッグを見るなり、
「ママ!これ欲しい!ミッフィー!」
と叫んだ。
その直後だった。
いきなりぬいぐるみをつかみ、力いっぱい引っ張った。
「ちょっと、待って」
慌ててバッグを押さえた。
子ども相手だから強く怒鳴るのも嫌で、私はしゃがむようにして優しく言った。
「これ、お姉さんのだいじだいじだから、ごめんね」
それで終わると思っていた。
ところが男の子は、
「欲しいー!!」
と耳が痛くなるほどの奇声を上げ、その場で大癇癪。
そして驚いたのは母親の反応だった。
普通なら、
「人の物を触っちゃダメ」
くらい言うと思う。
しかし母親は私を睨みつけ、舌打ち。
さらに子どもに向かって、
「くれないんだってー」
「意地悪だねー」
と、わざと周囲に聞こえる声で言った。
さすがに私も固まった。
私の物なのに、なぜ私が悪者になるの?
しかも男の子はまだぬいぐるみを離さない。
「返してください」
私ははっきり言った。
その瞬間――
ブチッ。
嫌な音がした。
子どもの手からぬいぐるみが落ちた。
見ると、バッグにつなげていた紐が千切れている。
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