「……ここ、あなたの家じゃないですよね?」
乗車して数分後、私は思わず心の中でそうつぶやいた。
車内はそこそこ混んでいた。
空いている席を探して歩いていると、目の前に信じられない光景があった。
男性が座席に深く腰を沈め、靴を履いたまま足を前方へ投げ出している。
それだけならまだしも、上着や荷物を周囲に広げ、まるで自宅のソファのような状態。
スマホは肘掛け付近に置き、画面をつけっぱなし。
本人は腕を枕にして完全にくつろいでいた。
問題なのは、そのせいで他の乗客が使えるはずのスペースまで塞がれていることだった。
近くには立っている人もいる。
年配の女性が空いているように見える場所へ近づいたが、男性の荷物を見て諦めて離れていった。
それでも男性は知らん顔。
私は少し迷った末、声をかけた。
「すみません。その荷物、少し寄せてもらえますか?」
男性はゆっくり顔だけ上げた。
「は?」
「ここ、他の方も使いますよね」
すると男性は面倒そうにため息をついた。
「別に空いてるじゃん」
いや、あなたが占領しているから空いているように見えるだけだ。
そう思ったが、私は怒鳴らなかった。
「立っている方もいるので、荷物だけでもお願いします」
しかし男性は上着を少し動かしただけ。
足はそのまま。
しかも数分後には、また同じ姿勢に戻っていた。
周囲の乗客もチラチラ見ている。
すると今度は、先ほど席を諦めた年配の女性が戻ってきた。
女性が小さな声で、
「ここ、座ってもいいですか?」
と聞くと、男性はスマホを見たまま、
「狭いと思いますけど」
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