【命日】『タクヤーっ!!』原監督が叫んだ木村拓也の急死――球界で最も“緊急事態”に強かった男が残したもの
「タクヤーっ!!」
その声には、監督としての冷静さよりも、一人の人間としての祈りが込められていた。
2010年4月2日、マツダスタジアム広島。巨人のコーチとしてグラウンドに立っていた木村拓也さんは、試合前のシートノック中、本塁付近で突然倒れた。
くも膜下出血だった。
病院へ緊急搬送され、懸命な治療が続けられた。しかし、意識が戻ることはなかった。4月7日午前3時22分、木村拓也さんは帰らぬ人となった。37歳という、あまりにも早すぎる別れだった。
木村さんは、日本ハムで捕手としてプロ生活を始めた。その後、広島へ移籍し、外野、内野、走塁、代打と、どんな役割でもチームのために全力を尽くした。派手なスターではなかったかもしれない。だが、監督が困った時、ベンチが迷った時、必ず名前が挙がる選手だった。
「木村なら何とかしてくれる」
そう思わせるだけの準備と覚悟が、彼にはあった。
その象徴が、2009年9月4日の東京ドームだった。ヤクルト戦は延長に入り、捕手が足りなくなるという非常事態が起きる。
唯一残っていた加藤健が頭部死球で退場。次の守備でマスクをかぶる捕手がいない。
その時、白羽の矢が立ったのが木村拓也さんだった。
広島時代に捕手経験があったとはいえ、実戦での捕手出場は10年ぶり。しかも延長12回、失点すれば一気に流れが傾く場面だった。
だが木村さんは、すでにブルペンで準備を始めていたという。自分に出番が来るかもしれない。
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