1962年11月、二十歳と二十一歳の女性二人組、さくらさんとあやさんは、両神山への日帰り登山を計画した。目的地は埼玉県秩父郡小鹿野町と秩父市の境にそびえる標高1,723メートルの霊峰。山岳信仰の歴史を持つ両神山は、当時でも女人禁制の時代があったと伝わるほど神聖な山だった。
朝7時、二人は良神神社の登山口から入山した。天気は穏やかで青空が広がる。
軽装の二人は、荷物も少なく、日帰り登山にしては理想的な条件だと笑顔で歩き出す。軽口を叩き、笑い声を響かせながら進む二人の足取りは軽やかだった。しかしその軽さが、後に彼女たちを予想もしない危険へと導くことになる。
登山道は最初こそ整備されていたが、次第に急峻なつづら折りが続く二十八曲がりに差し掛かる。息を切らしながらも、体力自慢の二人は足を止めない。地蔵道を経て崩壊地にかけられたはしごを越え、冷たい水で喉を潤しながら、避難小屋へとたどり着いたのは16時半。山頂まではあと1キロ、だが日没まで残り1時間半という状況で、二人は下山の時間に焦りを感じ始める。
しかし、さくらさんとあやさんは山頂からの景色に心を奪われ、休憩と昼食を取りながら時間を浪費する。
狭い山頂での食事は断念するものの、軽口を交わしながら下山を開始した。その際、二人は予定のコースを外れ、迷いやすい岩場のある白い雑誌振動コースから中造り方面へ進んでしまった。初心者にとって、方向感覚の狂いやすいこのルートは、まさに遭難の引き金となる地形だった。
日が暮れ、寒さが増す中、二人は次第に体力を消耗する。飲食物はほとんど持っておらず、防寒具も十分でない。
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引用元:https://www.youtube.com/watch?v=q4khzGktJLw,記事の削除・修正依頼などのご相談は、下記のメールアドレスまでお気軽にお問い合わせください。[email protected]