「母さんは呼んでないから」
初孫・悠斗の一歳の誕生日会の日、七十三歳の文江は息子夫婦の家の玄関先で、その一言を受け取った。
膝が抜けそうだった。隣には七十五歳の夫・和彦が立っている。手には、孫のために選んだ木製のおもちゃと、紅白の水引きがかかった祝儀袋。中には五万円が入っていた。年金暮らしの二人にとって、決して軽い金額ではない。
それでも「初孫の初めての誕生日だから」と、二人で何度も話し合って用意したものだった。
インターホンを押すと、嫁の由美子がドアを細く開けた。奥からは楽しそうな笑い声が聞こえる。由美子の両親の声だった。
「今日は身内だけでやるので」
文江は耳を疑った。
「悠斗の誕生日会でしょう? 健一は?」
「今、主役の親なんで忙しいんです」
由美子はそう言うと、文江の手元だけを見た。
「あ、それ悠斗にですか。そこに置いてください」
差し出した紙袋と祝儀袋だけが受け取られ、ドアは静かに閉まった。文江と和彦は、玄関先に置き去りにされた。閉じた扉の奥から「ばあばが来たわよ」という笑い声が漏れた瞬間、文江の胸の中で何かが音を立てて崩れた。
この一年、文江は息子夫婦のために走り続けてきた。由美子のつわりが重いと聞けば、粥や梅干しを持って駆けつけた。週に何度も買い物、掃除、洗濯、作り置き。出産後は一か月泊まり込み、退院費用三十万円も二人で出した。ベビーベッド、ベビーカー、チャイルドシート、服。頼まれるたびに財布を開き、合計で百万円を軽く超えていた。
それなのに、文江は一度も心から「ありがとう」と言われた記憶がなかった。
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引用元:https://www.youtube.com/watch?v=bQr-OeMk-zQ,記事の削除・修正依頼などのご相談は、下記のメールアドレスまでお気軽にお問い合わせください。[email protected]