「ママ……クワガタ、どこ?」
洗濯機のふたを開けた瞬間、私は息をのんだ。
白い洗濯槽の端に、黒く光る大きなアゴが落ちていたからだ。
一瞬、何なのか分からなかった。
でも次の瞬間、背中が冷たくなった。
息子がこの夏、大切に育てていたクワガタだった。
「嘘でしょ……」
慌てて洗濯物を全部取り出した。
タオルを1枚ずつ広げ、ズボンのポケットを裏返し、靴下まで確認した。
見つかったのは、写真に写っている頭の部分だけ。
肝心の胴体が、どこにもない。
そのとき、後ろから息子がやって来た。
「何探してるの?」
私は言葉に詰まった。
実は昨夜、息子はクワガタを手に乗せて遊んでいた。
「ちゃんとケースに戻してね」
そう言ったところまでは覚えている。
ところが息子は、そのまま眠くなってしまったらしい。
そして朝。
床に脱ぎっぱなしになっていた服を、私は何も確認せず洗濯機へ放り込んでしまった。
その中に、クワガタが入り込んでいた可能性が高かった。
「……ごめん。クワガタ、一緒に洗っちゃったかもしれない」
そう伝えた瞬間、息子の顔から表情が消えた。
「ママが殺したの?」
その一言が胸に刺さった。
「だからポケット確認しろって、いつも言ってるだろ」
夫まで横から言ってきた。
私も悪い。
でも、その言い方にはさすがに腹が立った。
「じゃあ、床に脱ぎっぱなしの服を毎朝誰が片づけてると思ってるの?」
夫が黙った。
息子も泣きながら、
「僕もケースに戻してなかった……」
と小さな声で言った。
誰か一人を責めても、クワガタは戻ってこない。
私はもう一度、洗濯機の中を探した。
記事はまだ終了していません。次のページをクリックしてください