「大丈夫です。ボランティアが24時間体制で支えます。支援が途切れることはありません」
赤ちゃんが生まれる前、支援団体の責任者は、夫婦と私たちを前にそう断言した。
重い障害のある夫婦の出産には、最初から賛否があった。
「子どもを育てられるのか」
「結局、周囲に負担を押しつけるだけではないか」
そんな厳しい声が飛び交う中で、私たちボランティアは夫婦を支えたいと思った。
私も立ち上げ当初から参加した一人だった。
赤ちゃんが無事に生まれた日、夫婦は涙を流して喜んだ。
私たちも心から祝福した。
ミルクを作る。
おむつを替える。
夜泣きした赤ちゃんを抱いて歩く。
夫婦が自分たちでできない動作だけを手伝い、家族としての時間を守る。
最初は、そのはずだった。
ところが、活動開始から3か月後。
午前2時、赤ちゃんが高熱を出した。
母親から届いた連絡を見て、私は急いで勤務表を確認した。
しかし、その時間帯の欄には誰の名前もなかった。
責任者に電話をかけた。
出ない。
もう一度かけた。
それでも出ない。
結局、私は翌朝の仕事があるにもかかわらず、タクシーで夫婦の自宅へ向かった。
到着すると、父親は不安そうに赤ちゃんを見つめ、母親は何度も謝っていた。
「ごめんなさい」
「夜中に呼んでしまって、本当にごめんなさい」
謝るべきなのは、この夫婦ではない。
24時間支援を約束しながら、現場を放置した責任者だった。
私は赤ちゃんの体温を確認し、医療機関へ連絡した。
幸い、大事には至らなかった。
だが、私はその夜、初めて認めざるを得なかった。
この体制は、すでに限界を迎えていた。
ボランティアの一人は、発熱しているのに夜勤へ入っていた。
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